近年、欧州における補充的保護証明書規則(Regulation (EC) No 469/2009、以下「SPC 規則」という)第3条(d)に規定される「最初の販売承認(first marketing authorisation)」の解釈をめぐり、欧州の裁判所において著しい見解の相違があり、法的論争を引き起こしている。
SPC 規則第3条(d)によれば、SPC が付与されるための要件の一つは、当該「製品」(すなわち、有効成分またはその組合せ)が、医薬品としてこれ以前に欧州において販売承認を受けていないことである。同一の製品についていかなる先行する販売承認が存在する場合も、その後の承認は、原則として「最初の販売承認」には該当しない。最近の一連の判決は、まさにこの規定の解釈を中心として展開されている。
I. Boehringer 事件の事実関係
Boehringer Ingelheim(ベーリンガー・インゲルハイム)は、近年の SPC 出願に関し、二つの並行する決定によって業界の大きな注目を集めた。
本件の基本的事実関係は、以下のとおり要約する。
Boehringer Ingelheim Vetmedica GmbH は、「馬の呼吸器疾患の治療に用いられるシクレソニド」を発明の名称とする欧州特許 EP 2 934 479 に基づき、2020 年に欧州医薬品庁(EMA)から付与された獣医用医薬品の販売承認(MA)を根拠として、製品 Aservo® EquiHaler® について SPC の付与を申請した。当該販売承認は、欧州指令 2001/82/EC(獣医用医薬品指令)に基づくものであった。
注目すべき点は、これは欧州域内において、有効成分としてシクレソニド(ciclesonide)を含む初の獣医用販売承認であったことである。販売承認の審査過程において、EMA はシクレソニドを、規則 (EC) No 726/2004 第3条第2項(a)の意味における「新規有効成分」と認定し、これを理由として、申請者に対し完全な臨床データの提出を求めた。
II. オランダ・ハーグ地方裁判所判決 - 厳格な「製品中心主義」
予想どおり、この SPC 出願は加盟国ごとに異なる結論を迎えたが、なかでもオランダ・ハーグ地方裁判所の判断は特に注目に値した。
同裁判所は、上記獣医用販売承認に基づく SPC の付与を拒絶し、その理由として次の点を挙げた。
当該上記獣医用販売承認に先立ち、同一の有効成分であるシクレソニドを含むヒト用医薬品について、すでに販売承認が存在していたという点である。
裁判所の中核的な見解は、以下のとおりである。
- SPC 規則第1条(b)における「製品」とは、有効成分それ自体のみを指し、用途、適応症、または規制上の区分(ヒト用か獣医用か)を含まない。
- ある有効成分が過去に一度でも販売承認を受けていれば、その承認がヒト用医薬品であれ獣医用医薬品であれ、第3条(d)の求める「最初の販売承認」には該当しない。
- 「最初の販売承認」に該当するか否かの判断は、特許法上の規範的判断に属するものであり、医薬品規制当局の権限ではなく、特許庁および裁判所が判断すべきである。
この判決は、「製品」を唯一の判断基準とする、高度に形式的な解釈アプローチを体現するものである。
III. ドイツにおける訴訟の欧州連合司法裁判所への付託
Boehringer は、同時にドイツにおいてもSPC 出願を行った。2023 年、当該出願は、ドイツ特許商標庁(DPMA)により、SPC 規則第3条(d)違反を理由として拒絶された。その理由は、2005年、すでに他社が、シクレソニドを含むヒト用医薬品(喘息治療用)について販売承認を取得していたという点にあった。
申請人はこれに対し不服申立てを行った
ドイツ連邦特許裁判所第14合議体は、2025年12月12日付の決定により国内手続を停止し、以下の判断を欧州司法裁判所に付託した。
SPC 規則の第 3 条 (d) は、同じ有効成分が欧州指令 2001/83/EC に基づいて人間用医薬品として以前に承認されていたとしても、欧州指令 2001/82/EC に基づいて付与された動物用医薬品の販売承認は、問題の製品が医薬品として最初に承認されたものとみなされるという意味に解釈されるのか。
IV. Neurim 事件および Santen 事件の影
SPC 判例法に通じた者であれば、欧州司法裁判所が Neurim 事件(C-130/11、2012年)において示した有名な判断を想起するであろう。
Neurim 事件は、本件とは事実関係の順序が逆である。
すなわち、Neurim では、先に獣医用医薬品が存在し、後にヒト用医薬品が付与された(メラトニンによるヒトの睡眠障害治療)のに対し、Boehringer 事件では、先にヒト用医薬品、後に獣医用医薬品が存在した、というものである。しかし、両事件は実質的には極めて類似している。
なぜなら、既知の有効成分が、異なる規制経路の下で EMA により「新規有効成分」と認定され、完全な臨床データの提出を求められたという点である。
Neurim事件において、裁判所は、先行承認が基本特許と同一の治療用途をカバーしていたか否かに着目し、第二の医学的適応の承認に基づく補充的保護証明書(SPC)の付与を認めると判断した。
しかし、この保護範囲志向の解釈は、Santen 判決(C-673/18、2020年)において明確に放棄された。裁判所は、厳格な「製品中心主義」へと回帰し、新たな治療用途に基づく SPC 付与の可能性を否定した。
もっとも、Santen 判決は、次のような特殊な状況については判断していない。
既知の有効成分が、規制当局によって「新規有効成分」と認定され、その結果として完全かつ独立した承認手続が求められた場合に、第3条(d)をいかに適用すべきかという点である。
V. ドイツ裁判所の立場と制度的考察
今回の付託決定において、ドイツ連邦特許裁判所は、以前にヒト用医薬品が存在していたとしても、当該獣医用医薬品を、第3条(d)にいう「最初の販売承認」として評価すべきであるとの立場に明確に傾斜している。
その理由は、主にSPC 制度の目的に基づくものである。
- 欧州指令 2001/83/EC(ヒト用医薬品)に基づいて取得された臨床データは、通常、欧州指令 2001/82/EC(獣医用医薬品)に基づく承認手続を直接的に迅速化することはできず、その逆も同様である。
- 先行するヒト用または獣医用医薬品の存在のみを理由として SPC を否定すれば、事実上、現実的な保護の空白が生じ得る。
- このような解釈は、ヒト用/獣医用の交差領域における製薬企業の研究開発投資意欲を削ぐおそれがある。
VI. まとめ ― 欧州司法裁判所による更なる明確化への期待
ドイツ裁判所による本件付託は、Neurim 判決と Santen 判決という二つの判例の間に存在する緊張関係を体系的に整理・明確化するための重要な機会を欧州司法裁判所に与えるものである。
最終的な判断がいかなる内容であれ、その影響は本件にとどまらず、将来の欧州全域における、ヒト用医薬品と獣医用医薬品が交錯する事案に関する SPC 出願実務に、深甚な影響を及ぼすことになるであろう。